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『聴覚障害』誌 1994年1月号掲載

聴覚障害者から見た聾教育の課題

愛媛県立松山聾学校
越智 公政

1 はじめに

昨年の秋、北海道での教員採用試験に聴障者が初めて合格した報道があった。もちろん手放しでは喜べない経過もあり、聴障教職員が聾教育界で意見を述べるには、過去では(現在も)勇気が要ることであった。

そんな中で、聾教育の課題というテーマを本誌から授かったが、肝要な部分は諸先輩方の意見を拝見するとして、ここでは聾学校教師である前に、一人の聴障者として、ささやかな課題を述べてみたい。なお、聴障者を代表する論説でもないし、職場での立場関係もある以上、私見として受け取って頂ければ幸いである。

2 障害の受容

我が子が聴覚障害であると告知された母親は、どんな思いで聾学校の門をくぐっているのであろうか。最近は医療機関や療育機関も充実してきて、その方面で早期指導を受ける場合も多くなってきた。しかし、やはり聴覚障害を幅広く見るためにも、専門機関としての聾学校は不可欠な存在であると思える。

聾学校に行けば、聞こえる人間のようになれる、と過大な期待を抱いて母親は幼い子の手を引いていないだろうか。そんな時、聾学校で我が子と同じ聴障者が教壇に立っている姿を見れば、聞こえなくても生きる道はあると母親は視野を広げ、その子に合った将来像を見立てて欲しいものである。また、聾学校は「聾・唖者」が「手マネ」を使う、みっともない学校と先入観を持っていないだろうか。もし、それが一般論だとしても、その誤解を解くのも聾学校の課題であろう。

筆者も幼い頃、数え切れないほどの耳鼻科医や宗教団体に連行され、あらゆる手を尽くしてくれた両親には感謝しているが、「聞こえるようにする」よりも「聞こえなくても生きる道」を伝授して欲しかったと、歳老いた両親にいつか言わなくては、と悩んでいる。

3 聴覚活用の限界

戦後、電子技術の発達が補聴器技術にも貢献され、聴覚活用が脚光を浴び、過去には見られなかった教育効果を上げてきた。この美しい場面だけを想定すれば、全ての聴障児に著しい効果が表れていることになる。しかしながら、現実には聴覚活用だけでは困難な聴障児が聾学校に在籍しているのが事実である。ここに補聴器だけでは解決できない諸問題が実在し、オージオロジストと称する職人は、「谷間の子供たち」を再認識しなくてはならないであろう。

所詮、補聴器は音を大きくするだけの機器であり、語音加工処理や不特定話者の音声認識が実現するのは遠い将来である以上、「聞こえない部分」をどの様に個々が補うかを聴覚活用にも含めなくてはならないはずである。ところが今なお、「補聴器を適合さえすれば無限の可能性」とか、「聴覚活用こそ言語獲得の唯一の手段」と高く叫ばれ、言語メディア(ここではキュー、手話、指文字等)が否定されている風情がある以上、聾教育の課題解決は困難であろう。

筆者も2KHz以上では、120dB(HL)でやっと域値が得られる状態であるが、裸耳で電話はかろうじて可能である。だからと言って、全ての聴障者が同様になるとは考えていない。職員会議では補聴器は役立たず、読話にも限界があり、まして街中ではなおさらである。そんな現状を子供と共に考えたく、職場では聴能を担当しているが、毎日が針のムシロのような日々である。

4 手話を知らない聾学校

昨年、コミュニケーション手段に関する文部省報告が出された。その報告では「4.障害の受容と克服」の項目で、聾学校の教師に対して「聴覚活用と口話に加え、手話を併用する技術に熟達することが求められる」と記されている。文部省の見解とはいえ、この要求(手話技術)に応えられる聾学校教師が、現場で何割存在するであろうか。最近では聴覚主導のオージオロジストでさえ、「手話も必要」と黙認するようになってきたが、実際に手話で生徒とコミュニケーションを展開している場面は希有である。同報告の中にも、「生徒が手話を用いて語りかけてきた時に、教師がその内容を理解できないということでは、指導を進めることが困難である」とも記されている。

従来、手話は口話を阻害するものとして扱われてきた。「手話は研究が浅い」と言われるが、阻害してきた側が研究を怠っていなかったであろうか。研究をしたくても、筆者のように別室に呼ばれて「手マネが多すぎる」と先輩教師から叱責された苦い思い出は、これからの若い先生方には繰り返したくないものである。

5 聾教育の専門性

ある国立大学では、毎年、聾課程の卒業生が15名ほど巣立って行く。しかし、その中で実際に地元の聾学校に採用されるのは1名弱。他は全て普通高校や養護学校等からの人事で賄っている所がある。年度によっては、高校の体育教師が小学部の学級担任を任されることもあり、これでは受け持つ方も受け持たされる方も大変なことである。普通小学校や中学校との人事交流が全く無い所もある。そのため、聾学校に赴任して3〜5年目に、やっと聴障児の実態が分かりかけてきた頃、流出してしまう惜しい人材もある。

中には、若い女教諭という理由だけで、幼稚部を持たされ、暗中模索の言語指導に明け暮れなければならない苦しい事情もある。さらに、聾学校での指導経験が皆無であっても、赴任数日目には「聾教育の現状と課題」と講演をしなくてはならない苦しい管理職も実在する。そのため、「3歩進んで3歩下がる聾教育」と批判されても弁解が苦しいのが実状である。

子供は指導者を選べないが、ベテラン聾教育者の退職が相次いでいる今日、せめて聾学校はその道のプロ集団によって、一貫性教育が実現できるような専門性の向上に努めなければならないであろう。

6 高等教育で基礎学力

今では聴障者のための大学も開設され、職業訓練校や専門学校でも聴障者の受け入れ体制が整ってきた。しかしながら、それらに進学したくても高等部で職業科だけの学習しか履修していない場合、果たして進学後の学習保障に太鼓判が押せるであろうか。

その一策として、全国の聾学校で普通科を設置する所が増えてきた。もちろん、生徒数減少の現在、学科の新設は困難であろうが、職業科の統廃合や科内コースの改編などで時代に合わせた変革が求められているはずである。そして各方面への進学によって我が子にも様々な将来が開けることが保護者にも理解されたら、無理なインテグレートは阻止され、卒業生がモデル像として後輩を導けることであろう。それが場合によっては、生徒数減少の聾学校の「危機」に対する、一つのカンフル剤になるかもしれない。さらに卒業生の中から聾学校教師が誕生すれば、在校生にとっては、何よりの励みになるであろう。

この世に何千種もの職業が存在する中で、聴障者として生まれたばかりに将来の職種まで限定されてしまうのでは、一度しかない人生を我々が取り上げている、と非難されるかも知れない。健聴の教職員も「もし自分がここの生徒だったら」と視点を転換して考えて欲しい課題である。

7 おわりに

限られた紙面では課題の一部しか述べられなかったが、もし、「聞こえる人間」になれれば、聾教育からは逃げ出したくなるのが本音であろう。しかし、いくら職務でもある補聴器適合を自分自身に当てはめてみても、聞こえる人間になれるわけではない。むしろ「聞こえないこと」に胸を張れる人間として子供を育てたいと切望しているが、厳しい現実の日々である。


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